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TELECINE 経年変化 匠の修復 8mmFILM 16mmFILM 9.5mmFILM Microfilm ビデオ素材 音声素材 SAMPLE 料金一覧



小型映画フィルムの修復とテレシネに挑む


Challenging restoration and telecine transfer of small format films



弊社が8mmを代表とする小型映画フィルムの修復とテレシネを始めて、約8年あまりが経ちました。
多くの映画フィルムフォーマットの中でも、個人で楽しむことのできた8mmや9.5mmなどの小型映画は、各ご家庭のさまざまな環境下で眠っています。
しかし、残念ながらそうした保存環境は決して良好とは言えず、現在ではそのフィルムの中でしか会うことのできない大切な人たち、大切な風景が今にも消え去ろうとしているのも事実です。
皆様の貴重な映像をなんとか残したい、という思い一心に作業させていただいている中、これまで弊社にご依頼いただいた数多くのテレシネ作業を通して、ご家族や企業、行政などにとってかけがえのない宝物である多くのフィルムが現在どのような状態にあり、またそれら貴重なフィルムをお客様にご満足いただけるよう私たちがどのように修復しているのか、弊社での修復方法をまとめました。



もくじ


● はじめに
● 家族の記録を写したい
● フィルムの経年変化を見て
● テレシネを前提とした修復について
● テレシネ作業のこだわり
● 今後のフィルム保存について
● フィルム修復師 吉岡 博行

●はじめに

「町の途絶えた伝統芸能を復元したい」、「曾祖父の撮った映像を見てみたい」、「母の生前の姿にふれたい」等々、またこの一年多くのフィルム修復にたずさわってきた。ようやく家庭・企業・行政・博物館などの保存されているフィルム映像のアーカイブの動きを感じられるようになった。
私どもの映像業務は8ミリ、9.5ミリ、16ミリの小型映画フィルムを中心としたテレシネ作業である。8年前に独自考案・開発した方法で少数のスタッフたちと毎日、たくさんのフィルムのテレシネと修復をおこなっている。
テレシネ作業を始めた頃、十年間フィルムと対峙したら、保存・修復についてのまとめができると考えていた。まだ少しその期間には満たないのであるが、日々に変形したフィルムと格闘する量が増えてきたことに、ひょっとしたら急速にフィルムの劣化が進んでいるのではなかろうかとの思いも抱く。映像メディアも益々デジタル化が進んで行く中、私どもの修復技術は反比例的に超アナログの手作業・手業の域に入ってゆく。両極端の融合を繰り返す毎日、ここら辺でその経過をふり返ってみる。



もくじ




●家族の記録を写したい

映画が「活動写真」として日本の社会に浸透して行き、家庭でも扱える撮影機・映写機が開発されるまでには映画の発明からおよそ30年の月日を待たなければならなかった。まずいちばんの問題は、フィルムの材質についてであったろうと推測する。当時、映画館で上映されていたフィルムはニトロセルロースを主材とした可燃性のものであり、映写室は防火壁で囲まれ、知識・技術をもった映写技師が危険と隣り合わせで映写機を回していた。
映画を撮ること、写すことが家庭に入って行くにはこの危険性を回避しなければならず、フィルムの材質の研究が始められ、アセテート(酢酸繊維素)をベースとした不燃性フィルムの開発に至った。1920年、フランスのパテー社はアマチュアを対象に9.5ミリ小型映画撮影・映写機を発表した。
パテー社の製品は「パテーベビー」と呼ばれる商品名で、日本では1923年(大正12年)の関東大震災以後に銀座松屋呉服店(現在の松屋銀座店)のおもちゃ売り場で販売されたことが初めだといわれている。これによって家族は自分たちの動く姿を写すことができるようになり、子供の成長やハレの日を茶の間で繰り返し楽しめることを手に入れた。
昭和に入るとアメリカのコダック社で16ミリ方式が開発されたが、高価なこともあり、庶民にはなかなか手が届かなかった。
やがてその16ミリを片側ずつ往復撮影し、現像後8ミリに切断・接合したものがW-8(正確にはレギュラー8)として登場し、昭和11年頃には日本でも趣味の人たちの間に普及を始めるが、間もなく戦争へと入っていく中でアメリカからのフィルムの輸入禁止、現像所の停止をともなって一旦は幕引きとなる。
戦後、昭和30年を過ぎると国産フィルムの開発、撮影・映写機の開発も立ち上がり、再び8ミリの復活の兆しが見え始める。
昭和40年になると新方式のスーパー8、シングル8が登場し、「マガジンポン!私にも写せます。」のテレビコマーシャルで画期的に普及する。
その後、昭和45年には日本万国博覧会を8ミリで記録する家族たちで溢れかえった。



もくじ




●フィルムの経年変化を見て

映画フィルムは、保存経過においてそのベース素材が空気中の水分と結合して加水分解をおこし、酢酸ガスを放出しながら溶解してゆく性質をもっている。これをビネガーシンドロームと呼んでいる。本来は保存性のよいものであるが、昭和初期に撮影されたものは実に60〜70年の時が過ぎ、湿度の高い日本の気候と相まって既に多くのフィルムが何らかのダメージを受けている。学術的にも劣化はフィルムの製造から30年を過ぎると急速に始まると言われている。
フィルムケースを開けて酸っぱい酢酸臭がしたり、フィルムが角張って巻かれているようならビネガーシンドロームが相当に進行していると考えられる。
では、これまでの作業においてどのような経年変化が見られるのか。フィルム幅による分類でまとめてみた。



もくじ


● 小型映画フィルムのタイプ別経年変化 ●

1、9.5ミリーパテーベビー、パテックス(日本における開始時期1923年頃)

30フィートボビン、60フィートボビン、300フィートリールが主な映写形態となっている。フィルムベースの厚さが功を奏してか、くっつき合っているものはほとんど見受けられず年数を経ている割に状態の良いものが多い。パーフォレーションの目欠きは比較的多くあり、映写キズと合せ、映写回数の多さがうかがえる。ボビンは金属製で強度があり、熱に対しても強い。
愛好家のために現在でも海外でフィルムの製造、現像がおおなわれており、いちばん長寿の小型映画フォーマットである。(写真1)

写真1 9.5ミリパテーベビーのボビン(上段:60フィート 下段:30フィート)

2、16ミリオールドタイプ サイレント16コマ/秒(日本における開始時期1928年頃)

まれにネガからのプリントもあるが、家族の撮ったものは基本的にリバーサル。初期のコダクロームもわずか出てくるがマゼンダ色に褪色している。通常400フィートリールを最大とし、金属缶に入れられている。缶の中央部にナフタリンのポケットをもった保存缶もある。経年変化の状況はさまざまで、悪いものは蛇の脱皮状に至っている。
映写走行をスムーズにするため流動パラフィン等を塗布したと思われるフィルムもあり、これは酸化防止に役立ったのか、見事なまでに状態の良いものも出てくる。当時の映写機は通常、16コマ/秒の定速位置はなく、スロー、ファーストの可変ボリュームである。

※昭和40〜50年代に多く制作された企業・団体等のPR映画(プリントフィルム24コマ/秒、サウンド)のカラー褪色については映画テレビ技術誌2003年9月号(No.613)「映画フィルムのアーカイブに関する考察」山領貞行著で詳しく解説されています。

3、8ミリ レギュラー8(一般にダブルと呼ばれている)戦前のもの(1935年頃)

コダック社が開発したアセテートベースのフィルムで昭和10年から13年頃にかけて広まる。六櫻社(サクラフィルム)も、8ミリフィルムの製造を始める。大阪にコダックジャパンリミテッドの現像所が開設され初期のコダクロームも現像されるが、しだいに戦時色となり、やがて機能を停止する。
50から400フィートの金属リール、金属缶に保存されたものが一般的な形態。保存状態は良いものと悪いもの、両極端になっていることが多い。コダクロームは赤茶け褪色しているが、白黒と比べてフィルムベースの状態はよい。

4、8ミリ レギュラー8 戦後のもの(1958年頃)

戦後、ようやく人々の暮らしが落ち着き、8ミリ機材も国産のものが数多く製造されるようになった。昭和33年頃から、東京オリンピックの開催された昭和39年がダブル8の全盛期となる。
コダック、フジ、サクラの白黒フィルムが多く使用されている中、カラーの開発も進み、コダックのコダクロームデイライトタイプは経年変化をうかがわせることもなく、現在でも鮮やかさを呈している。反して国産の白黒フィルムはビネガーシンドロームに至っているものが相当に多く、現在いちばんに処置を急がねばならないフィルムと考えられる。

5、スーパー8(1965年)

昭和40年にコダックが開発した新方式。撮影フィルムはカートリッジに収められ極めて扱いやすくなった。サクラフィルムもこの方式に追従。白黒、カラーとも使用されているが圧倒的にカラーが多く使われている。撮影からすでに30年から40年が経ちアセテートベースの縮みによってピッチ不良となり映写時に画面ゆれを生じるものが多い。長尺リールで保存しているものはフィルムのたわみ、反りを生じ結果的に平面性不良をきたし映写時のピントに影響を及ぼす。
また磁気録音のものはマグネチックストライプの硬化によるフィルム引きつりを生じ、画面ゆれの原因となっているものもある。

6、シングル8(1965年)

スーパー8とほぼ同時期に開発された富士フィルムの新方式。同様にフィルムもマガジン方式になっているが、その形が異なるためにカメラは専用となる。特徴的なことはフィルムベースがポリエスター(石油系から精製)となり、接合がフィルムセメントではなくテープ式(専用のスプライシングテープ)になった。
従来のアセテートベースに比べて経年変化も少なくビネガーシンドロームに至ることはないとされているが、湿気によって粘着性を帯び、色素の転写ムラ、アバタ状の汚れを呈しているものがある。白黒フィルムは反りを生じ、雲母状の薄片はがれを起こしているものもある。

※8ミリの経年変化について、カビの発生、残痕はアセテートベースフィルムにかなり多く見受けられるが、その研究についてはまだ成果が上がらないのでここでは省きます。また褪色についてもフィルム製造や現像(外式・内式の発色法)、経過年数の差異により一概に結論を出すことは現在においては困難です。



もくじ




●テレシネを前提とした修復について

私どものテレシネは8ミリ、9.5ミリ、16ミリのいずれにおいても撮影・映写された当時の映写機での再撮影の方法をとっているので、変形したフィルムをスムーズに映写できるように修復することがまずもっていちばんの作業である。



1、修復可否の見極め

変形・湾曲したフィルムは極端な場合、スルメを焼いたときのように丸まり、ひも状になっている。収縮は縦・横方向ともに波及し、フィルムピッチは3、4つ目のパーフォレーションでずれが生じている。またエマルジョンとベースの分離がおこっているものも多く、乳剤面の縮緬じわが顕著に表れている。フィルムの重量もかなり低減し、乾燥と相まって走行におけるループを保つことができなくなっている。外見上このようになっていても、フィルムがバラバラとわれなければ何とかなるものとして、ひとつの目安にしている。 さらに、これまでの経験により、ビネガーシンドロームの進行を酢酸臭の強弱によってある程度判断できるようになったことである。酸っぱい臭いが強ければ進行の度合いはピーク、もしくはそれ以前であり、超えたものは臭いが弱く、アンモニア臭(昔の小学校の臭い)に変化する。要するに臭いが強いうちは修復には十分に値するものと考えている。(写真2)

写真2 変形・酢酸分解した8ミリフィルム



2、修復方法

ビネガーシンドローム等によって変形・分解したフィルムの修復方法について説かれた書物を私は目にしたことがない。フィルムの耐久性は非常に強く、近年まではこのようなフィルムを修復する必要は無かったわけだから、当たり前のことでもある。現在、何らかでフィルム修復にかかわっている人たちのほとんどは手探り状態で試行錯誤の上と考えている。
これまでに多くのフィルム修復に挑戦し、効果ありと判断している、私なりの方法を修復フィルムの大半を占めるアセテートベースのフィルムを例にとり、述べてみる。


*手順1
リールに巻かれた状態が角張り、変形が著しいフィルムであっても十分に強度があり、切れたり割れたりしなければ、まずは裏巻きの処置をとる。フィルムクリーナーで拭いながら、反りが反対になるように巻き返し、たるみがでないように止め、約10日間これを寝かし、数度この作業を繰り返す。これによって物理的に反りが少なくなってくる。

写真3 変形したフィルムのアイロン掛け

*手順2
反りが緩和され、映写できるようになってもフィルムの平面性からみるとあまり改善されていないことが多くピントの移動がかなり生じるので、これに更に修復する方法として、フィルムに熱を加え、押圧する。具体的に言うとアイロン掛けをするのである。湿度、圧し加減はこれまでの経験によって習得しているが、加減を間違えるとフィルムが伸びすぎ、パーフォレーションが広がりすぎたりして最悪の結果を招くことになりかねないので注意を要する。

この方法は乳剤が剥離したような劣化が激しいフィルムに対してもかなり効果があり、近年は修復の範囲を広げることができている。アイロン掛けはできることなら映写の直前、一日前位に一気に完了することが理想的である。(写真3、4)

※水気、水分を加えた修復実験もやってみたが、短時間での丸まり、白濁等がおこり、状況はさらに悪くなった。

写真4 アイロンを掛ける前(写真上)と修復後(写真下)




●テレシネ作業のこだわり

入念な修復作業を終えても、ここまでは準備段階であって、この後それぞれのフィルムを映写・再撮しなければならない。
当時の映写はどのようにされ、動きはどうであったのかを推測する場合、必然的にその年代の映写機で再現することが最良だと考えている。幸運にも9.5ミリに至っては昭和8年製の映写機を動かしテレシネしているが、今後の維持管理ということになると多少の不安は伴う。8ミリ、16ミリについても当時の動きをそのまま再現する前提から撮影されたコマ速度、磁気サウンドのトラックが合致できるよう複数台の映写機を用意している。テレシネの大きな問題であるフリッカーについては独自方法で同期させノンフリッカーとしている。ビデオカメラ部には放送用のものを使用しているが、アナログとデジタルを比較した場合、フィルムの情緒面も含めてアナログの方がノリが良いので現在はこの方法で作業している。



もくじ




●今後のフィルム保存について

弊社にテレシネの依頼があれば私はできる限り、その家庭や保存先を訪問し、保管状況を見るようにしている。これまで多くのフィルムと接してきて、ビネガーシンドロームが単に温度・湿度のみに起因するばかりではないと推測している。これ以上に物理的な要因によるものが多くあるのではなかろうか。今後のフィルム保存について次のような点に注意されれば少しは寿命を長らえることができると考えている。


● ビネガーシンドロームの発生を遅延させる方法として(家庭でできること)●


1、フィルムリールは平積みにして保存する。(フィルム自重によるたわみを平均化する)
2、リール容量いっぱいに巻かれたものは、ひと回り大きいリールに巻きなおし、余裕のあるケースに収める。
  (フィルムの一部がケースに接触・曲がりを生じるのを防ぐ)
3、フィルム先端、リーダー部を止めている粘着テープ等を除去する。(伸縮が自在にできる環境をつくる)
4、フィルムの巻きに沿って止めている平ゴム、輪ゴムを除去。
5、フィルムケース内でリールを包んでいるビニール、ナイロン袋を除去。(通気性を良くする)
6、保存場所は生活にいちばん使用する茶の間等、通気性のよい所を選び、高温・多湿になる所は避ける。
7、できるなら一年に一度は外気にさらす。または巻き返す。

フィルムはまさに生き物です。またその価値もこのように撮影から数十年経た後に現れることも普通です。その時に向け修復技術も日々精進、高めていかなければと考えている。



株式会社 吉岡映像 代表取締役:吉岡 博行(特許取得【特許第5176049号】 / 2013年1月)

もくじ


WARNING!


ここ数年の間に、さらにフィルムの劣化が激しくなっている傾向にあります。
上記のように弊社では、これまで巻きぐせがひどく波打ったような状態になってしまったフィルムについてしばらく巻き取り方向を逆にしたり、裏巻きにする措置を行ってきましたが、近年の劣化状況下ではこれらの措置ではベース面と乳剤面とが分離してしまい、乳剤面が剥離してしまうケースが発生しています。
また、一見すると問題なくほどいていけそうなフィルムであっても、リールの外側・内側でフィルムの劣化状態が異なる場合がほとんどです。順調にほどき始めても、途中からフィルムがくっついてしまっており、はがそうとしたらばらばらと割れだしてしまうということも考えられます。
乳剤が剥離してしまうということは大切な映像を失ってしまうことに他なりません。
そこで、裏巻きは比較的保存時間の短いシングル8、スーパー8については有効な手段ですが、特に保存期間の長いダブル8(レギュラー8)については、フィルムが曲がり始めたり白い結晶が発生していましたら、ご自分で措置なさらずに弊社にご連絡いただくなど、まず専門家に劣化の状況とその後の措置についてご相談ください。
それが大切なフィルムを救う近道となります。(2008年6月現在)

修復後サンプル映像はこちら
フィルム修復師 吉岡 博行


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yoshioka.image8@cotton.ocn.ne.jp